ガラテヤ書 2章
「それは福音の真理があなたがたの間で常に保たれるためです。」
(ガラテヤ 2:5)
偽教師たちは、パウロはエルサレム教会から任ぜられた教師ではない、と彼の使徒職を否定し、信仰だけでは不十分で割礼を受け律法をまもる必要があると彼の教えを非難しました。それに対して、パウロは、 “割礼は不要で、律法に縛られることもなく、ただイエス・キリストを信じる信仰によってのみ救われる”ということがエルサレムの教会会議で承認され、ペテロにユダヤ人への福音が委ねられたようにパウロに異邦人への福音が託されたことも認められ、エルサレム教会の柱とも崇められていた長老ヤコブとペテロとヨハネが、パウロに友好の手を差し伸べてくれたことを語りました。ガラテヤの人々が、パウロの使徒職を認め、彼から受けた福音を確信をもって信じることを願うパウロの熱い思いが伝わってきます。彼は、ペテロがアンテオケ教会に来たとき異邦人クリスチャンとも食事を共にしたのに、エルサレムからの人々が来ると異邦人から身を引くようになったのを見て、公開の席で、彼の首尾一貫しない行動を非難しました。人間的権威を恐れないパウロの面目躍如というところでしょうか。それよりも、あくまでも信仰の純粋さを守ろうとした彼の福音に対する熱心さの故、と受け取りたいと思います。彼は、若いときから律法を守ることに熱心であっただけに、そこに救いはなくただイエスさまを信じる信仰によってのみ救われることを体験的にも確信していたのでしょう。今は律法によって自分は死にイエスさまが自分の中に生きておられる、と確信をもって告白できた彼はなんと幸いな信仰者でしょうか。
唄野 隆 |