ヨハネ 10章 「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」 (ヨハネ 10:10) 生まれつき目が見えなかった人が癒されたとき、それを喜ばず、安息日に彼を癒したイエスさまを憎み、癒しの事実を認めようとしないユダヤ人の指導者たちを前にして、イエスさまは、良い羊飼いは門から囲いに入り、囲いの中の羊を連れ出して牧草地に連れて行って牧草を食べさせ、彼らを生かすが、盗人や強盗は、羊を食い物にすることだけを考えて、狼がくると逃げ出す、という譬えを語り、ユダヤ人の指導者たちに、盗人や強盗にならないで、良い羊飼いであるイエスさまを認めるように、呼びかけられました。そして、“良い羊飼いは、羊を生かし、豊かな人生を生きることができるようにさせるために来たのであり、そのためには自分のいのちをも捨てる、しかし、そのいのちをふたたび得ることができる”と語られました。今、私たちは、それが、私たちの罪を贖うために十字架上で死に、復活して、新しいいのちを与え、神さまとの交わりに生きる豊かな人生に導いてくださるイエスさまの素晴らしい救いについて語られたのだとわかりますが、このことを聞いたユダヤ人指導者たちは、受け入れませんでした。御霊によって目を開き、イエスさまを信じさせてくださった主の御恵みに深い感謝を覚えます。そして、イエスさまの救いは、イスラエルだけでなく、その囲いの外の羊たち、つまり異邦人にも及ぶものであることを覚え、主の御救いは自分だけのものではなく、すべての人に及ぶものだということをしっかり受け止めたい、と思いました。
唄野 隆 |