聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「「その名は若枝。彼のいる所から芽を出し、主の神殿を建て直す。」」
(ゼカリヤ6:12)

今日のゼカリヤ書6章は前半の8節までが、ゼカリヤの見せていただいた最後の、8番目の幻、後半の9節以降が大祭司ヨシュアに冠をかぶせるようにという、神様がゼカリヤに与えられたお言葉となっています。
1節から8節の幻の中の、戦車が地を駆け巡る姿は、神様の裁きが全世界に下ることを象徴的に語っているようです。8節などでは「北の地」での裁きということが言われていますが、これはアッシリヤやバビロンといったイスラエル民族を虐げた国々がパレスチナから見て、北にあったことを反映してのことだ、と考えられます。
9節以降では、神様がゼカリヤに、金と銀を使って冠を作り、大祭司ヨシュアにかぶらせることを命じておられます。冠は王様である印ですから、冠をかぶった大祭司ヨシュアの姿は、やがて来る救い主キリストが王であり、かつ、祭司であるお方だということを象徴しているようです。この背景には、当時、一致協力してエルサレム神殿の再建に当たっていた宗教的な指導者、大祭司ヨシュアと、政治的なリーダー、総督ゼルバベルの間には、大祭司ヨシュアが冠をかぶるというようなことをしても損なわれることのない信頼関係があったということがあったようです。すなわち、ここでは、その2人の一致した姿に重ね合わせる形で、やがて来る救い主、キリスト、が宗教的な指導者である大祭司と政治的な指導者である王とを兼ね備えるお方であることが預言されているわけです。逆に言えば、その総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアの一致した姿は正にキリストを証しするものであったわけです。
そのようにたとえ立場は違っても、主のために一致している姿こそがキリストを証しするものなのです。私たちも、主にある一致に励み、そうしてキリストを証しする者、また、群れとならせていただきましょう。

中谷建晴




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