聖書一日一章メッセージ集
堺大浜キリスト教会聖書一日一章 「『これは、全地の面に出て行くのろいだ。』」 (ゼカリヤ5:3) 今日のゼカリヤ書5章は、ゼカリヤが神様から見せていただいた8つの幻の内の6番目と7番目の幻です。 1節から4節が、第6番目の幻ですが、その中では、縦横3メートル40センチという巨大な巻物が空を飛んでいます。3節と4節で取り上げられている、盗みや偽りの誓いということが示唆しているように、その巻物は律法の書のようです。つまり、この空を飛ぶ巨大な巻物とは、神様の教え、律法、を守らない者に対する裁きが全世界に下ることを象徴しているようです。 4節の冒頭の「それ」とは、3節の「のろい」を指します。ですから、ここでは、神様の裁きが全ての生活の場に及ぶことが語られていると考えられます。個人のプライヴァシーという理由で罪が見逃がされるというようなことはないのです。にもかかわらず、人の目につくような罪を犯していないことで、自分をよしとしているようなことが私たちにはないでしょうか。 5節から11節は、第7番目の幻です。ここでは、罪人が裁かれるということではなく、罪そのものがどこかへ追いやられてしまうということが言われています。エパ升も、7節の「ひとりの女」も罪そのものを指しているようです。また、9節は、神様の御使いが、罪をどこかに追いやってしまうということを象徴的に語っているようです。 11節の「シヌアルの地」とはエルサレムを攻め滅ぼしたバビロン王国のあった場所のことです。つまり、罪は神様を礼拝する場とは全く掛け離れた場所に追いやられるということのようです。そのように罪と神様を礼拝する生活というのは、全く相反するものなのです。にもかかわらず、罪をそのままにして、神様を礼拝する生活をしようとしているようなことはないでしょうか。聖霊様の助けをいただいて、罪を断固として退け、神様を礼拝し、神様と共にある、祝福に溢れた歩みをする者とならせていただきましょう。 中谷建晴 |