聖書一日一章メッセージ集
堺大浜キリスト教会聖書一日一章 ゼカリヤ書 11章 「私の神、主はこう仰せられる。『ほふるための羊の群れを養え。』」 (ゼカリヤ書 11:4) ゼカリヤは主の厳しいさばきを告げます。“レバノン、バシャン、ヨルダンの木々が焼かれ、森が切り倒され、茂みが荒らされる。”さばきが北から南に及んできます。そこには羊飼いに守られた羊の群れのように指導者たちに守られ導かれたユダの民がいます。羊飼いは自分のいのちを捨てても羊を守りますが、ユダの指導者たちは、羊を商品と見、ほふるための羊を飼い、これを売って富を得ることだけを考えています。主も、こんな民をもうかえりみない、と言われます。何と悲しいことでしょう。ゼカリヤはさらに、慈愛と結合と名づけられた2本の杖をもって羊を飼う羊飼いの幻を見せられます。彼は、同僚の羊飼いに我慢がならず、慈愛の杖を折り、もう飼うのは止めた、勝手にしろ、と叫びます。賃金を要求すると、銀30シェケル、つまり奴隷一人分の賃金が与えられましたが、その金は陶器師に投げ与えよ、と主は言われます。この預言はイエスさまに対する値づもりでした(マタイ27:1−10)。彼は結合という杖をも折ってしまいます。こんな民には、迷い出た者を捜さず、傷ついた者を癒さず、自分の利益だけを求める強欲な羊飼いがふさわしいのです。彼等はこの厳しいことばが主のことばであったことを知る、と言われています。この預言を通し、主はイスラエルに、どんな国づくりをするのか、と問われているのです。私たちも、どんな共同体を造ろうとしているか、問われます。私たちは群れの中の一匹の羊を大事に思っているでしょうか。主は「わたしの目には、あなたは高価で、尊い。」と言われます。 唄野隆 |