聖書一日一章メッセージ集
堺大浜キリスト教会聖書一日一章 エレミヤ書 48章 「モアブは滅ぼされて、民でなくなった。主に対して高ぶったからだ。」 (エレミヤ書 48:42) モアブに対するさばきの預言です。モアブは、イスラエルの先祖アブラハムの甥ロトの子孫、ユダとは親戚関係にある民族で、モアブの女ルツがナオミを慕って信仰を持ったとか、逃亡中のダビデが親を預けたというようなこともある反面、イスラエルがカナンに入ろうとしたとき偶像礼拝に引きずり込もうとしたり、ユダが落ち目になってきたエホヤキム王時代にユダを侵したり、ユダにとって心許せぬ隣人でした。モアブの居住地域はヨルダン川と死海によって外の世界と隔てられていたので、モアブは豊かな海岸地域を巡って争う大勢力の侵略を免れることができ、かえって策略を弄し、混乱に乗じて漁夫の利を得ることもできました。しかし、そこから自分たちの知恵や力を誇り高慢になりました。その高慢は、主に対する態度の中にも現れてきました。主を恐れず、偶像礼拝と結びついたのです。主よりも自分を高く置く高慢は、主のみことばに従わず、自分の思うように神を利用する歩みを生み、自分の思うように助けてくれる偶像を拝むようになります。この偶像礼拝とその背後に巣くう高慢を主はさばかれるのです。イスラエルが、主をないがしろにした歩みをするようになり自分勝手にべテルを礼拝所としその主が自分たちを守ると主張して恥を見たように、ケモシュを拝むモアブも恥を見、滅びを招きます。このようにモアブの滅亡を宣告しながら、主は、そのモアブの捕らわれ人を帰らせる、と言われます。主は、罪人をさばかれますが、なおも彼を愛し、彼の救いを備えていてくださるのです。主の愛に感謝し賛美します。 唄野隆 |