聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                     エレミヤ書 28章

「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」
          (エレミヤ書 28:9)

 エレミヤは、ユダの不信を責め、ユダはバビロンに滅ぼされると語り、バビロンに仕えることはないという預言者を信じるな、と語っていましたが(27:9,14)、彼の預言とは異なったことを語る偽預言者が現れました。アズルの子ハナヌヤでした。彼は“バビロン王のくびきが打ち砕かれ、バビロンに連れ去られたエコヌヤも捕囚の民も持ち去られた主の宮の器も2年のうちに帰ってくる”と人々の面前でエレミヤに語りました。彼は、自分の願望とそこから生じる幻とを語ったのでしょう。これを聞いたユダの民はどんなに元気づけられたことでしょうか。人は厳しいことばを聞くことは好まず、甘いことばを聞きたがるものです。彼の預言はエレミヤの預言を真っ向から否定することばですから、彼はエレミヤが偽預言者で自分は主のことばを語っていると確信していたのでしょう。しかし主は彼を遣わされてはいなかったのです。誤った確信ほど恐ろしいものはありません。ユダの民を惑わし、エレミヤの負った木のかせに代えて鉄のかせをユダに科すことになり、ハナニヤ自身の滅びをも招いたのです。“良いお話”を聞いたときには、それが主から出たものかどうか、しっかり吟味する必要があります。それが主から出たのかどうかは、その預言が事実によって裏付けられるかどうかによります。エレミヤは、「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」と言いました。

                            唄野隆



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