聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                      イザヤ書 61章

「わたしは主によって大いに楽しみ、わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。」
          (イザヤ書 61:10)

 「神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油を注ぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすため、わたしを遣わされた。・・・」という最初の2節は、イエスさまがガリラヤで公生涯に入られたはじめの安息日に故郷のナザレの会堂で朗読し、「きょう、聖書のこのことばが、・・・実現した。」と宣言されたみことばです(ルカ4:17−21)。2節には「主の恵みの年と、復讐の日」と記されていますが、イエスさまは前半の「主の恵みの年」のところで、朗読をおやめになりました。復讐の日つまり最後のさばきの日は後になる、と示されたのです。「今は恵みの時、救いの日」なのです(2コリント6:2)。その日、“主の民は悲しみを除かれ、喜びにあふれ、廃墟を建て直し、諸国の民の上に立つ、外国人は彼らの農夫となり、彼らは主の祭司となる、彼らは倍のものを受けて豊かになり、主と契約をもって堅く結ばれ、主に祝福された子孫であることが諸国民の間に知れわたる”、とイザヤは語ります。彼はイスラエルに向かってこう語ったときどんなに大きな喜びを感じたことでしょうか。それは主のメッセージを伝える主のしもべにとっても大きな喜びでした。イザヤは主からの預言のことばでこう語ります。「わたしは主によって大いに楽しみ、わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。」と。救われた者たちを迎える主の喜びが伝わってきます。私たちの救いは主の喜びでもあるのです。主をほめたたえます。

                            唄野隆



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