聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                       ホセア書 7章

「わたしがイスラエルをいやすとき、エフライムの不義と、サマリヤの悪とは、あらわにされる。」
                      (ホセア書 7:1)

 ホセアは、「わたしがイスラエルをいやすとき、エフライムの不義と、サマリヤの悪とは、あらわにされる。」と語りました。主が救いの手を伸べられるとき、私たちは自分の罪を示され、そこから救われたことを悟ります。救われた者は、自分の罪を示され、そんなひどい罪から救ってくださった主の御愛の深さに感動し、感謝し、主を賛美します。しかし、現実には、主の救いの宣言を聞くと、すぐ目に見える恵みの実を求め、罪を示されると目をそむけ、主から目を逸らし、この世の力ある者に取り入り、物質的な幸せを求めがちです。しかし、それはさらに大きなさばきを招く道です。しばらくは何事もないかのように見えても、それはパン生地が発酵するまで火にかけないで置いておかれるような平穏さで、まもなく真っ赤に燃える火で、パンは焼かれます。イスラエルは、自分を守るために、この世の勢力を利用しようとし、エジプトと結び、アッシリヤに媚を売りました。しかし、こういう真実さを欠いた姿勢は信用されず、結局は見捨てられて滅びました。彼らは主に対して不真実で、贖おうとされる主にまやかしを言い、心から真実に叫び求めるのでなく、ただ床の上で泣きわめくだけだったのです。「彼らは、穀物と新しいぶどう酒のためには集まって来るが、わたしからは、離れ去る。」と言われるとおりです。「自分の罪に直面し、その罪から救ってくださった主の恵みを知り、真実に悔い改め、心から主を信頼する者としてください。」と祈り求めました。

                            唄野隆



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