聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                    エゼキエル書 15章

「人の子よ。ぶどうの木は、森の木立の間にあって、その枝が、ほかの木よりどれだけすぐれているのか。」
      (エゼキエル書 15:2)

 主は、イスラエルに向かって、彼らをぶどうの木にたとえ、自分の無力を悟り、主を信頼するように、語りかけられました。ぶどうの木は、農夫にとって、最も手のかかる木だと聞いたことがありますが、イスラエルも、主の手を煩わしてはじめてよい実を実らせることのできる民だったのです。しかし彼らは、自分たちは神の選民だと思い上がり、自分勝手な道を歩みはじめました。ここでたとえに用いられたぶどうの木は、農夫の世話を受けて、甘いぶどうをならせるということを除けば、ヒノキのようなすぐれた建築材でもなく、黒檀のように装飾の材料として使うこともできない貧弱な木でした。イスラエルも、確かに神の選民でしたが、神に愛され、神のみことばに従い、神を喜ぶことによって神の栄光をあらわすという意味で神の選民であったので、彼ら自身が特に優れていたからではありません。神から離れては、他の民と比べて、なんの優れたところもあるわけではありませんでした。それなのに、思い上がって、自分勝手な道を歩み、神を捨てて、他の神々、つまり偶像に心を向けたのです。それで、主は、彼らを火に投げこみ、滅ぼすと言われました。そうした苦しみを受け、そこで主を知ることができるためでした。苦しみに出会い、自分の無力を悟り、主に立ち返り、主に身を委ねる者は幸いです。主は彼を救い、彼の神となり、彼を神の民としてくださるのです。自分の無力を悟り、主を仰ぐことは実りある人生への第一歩です(1コリント1:27)。

                            唄野隆



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