聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、」(2テモテ4:10)

 今日の第二テモテ4章はパウロの絶筆と言ってもよい箇所です。
 まず、1節から5節でパウロはテモテへの最後の教えとして、「時がよくても悪くても」「みことばを宣べ伝え」ることを命じています。2節の後半では「絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい」と言われていますが、このことは御言葉を学ぶということは頭で理解してそれでお終いというようなものではないということ、「あ、そうだった」と思い起こさせていただいたり、「間違っていた、忘れていた」と気づかせられたり、「やっぱりこうしてみよう」と新たに決心させていただいたりということがあってこそのものであるということを示してくれています。そういう意味でも毎週の礼拝の中で、祈り会で、またその他の集会で説教者を通して語られる御言葉を聞くこと、毎日静まる時間を持って御言葉を思い巡らすことを続けることが私たちには必要なのです。
 3節から4節では、そういうことを怠ると、神様がどうおっしゃっているか、御言葉がどう語っているかではなくて、自分の心にどう響くかというようなことが基準になってしまって、気がつけば真理から、救いから遠く離れた所に行ってしまっているということが言われています。私たちはどうでしょうか。そんな歩みに片足を突っ込みかけているようなことはないでしょうか。
 9節から13節でパウロはテモテにローマの獄中にいる自分の所にすぐに来て欲しいと言っています。その中の10節の冒頭ではデマスという人のことが取り上げられています。コロサイ人への手紙4章14節を見ますと前回、パウロが逮捕された時には、デマスは最後までパウロと共にいたようです。そのデマスが今回はパウロを見捨てて離れて行ってしまったわけです。しかし私たちにも、このデマスのように、最後の最後に裏切ってしまうという危険はあるのです。どんな時にも、だからもう自分はどんなことがあっても大丈夫、などと思いあがることなく、いつもへりくだって、神様からの助けを祈り求めて、神様からの助けをいただいて、最後まで信仰の生涯を全うする者、そうして確かに御国に入れていただく者とならせていただこうではありませんか。

中谷建晴



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