聖書一日一章メッセージ集![]()
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| 堺大浜キリスト教会聖書一日一章 「良い行ないは、だれの目にも明らかですが、そうでないばあいでも、いつまでも隠れたままでいることはありません。」(1テモテ5:25) 今日のテモテへの手紙第一5章から明日の6章の冒頭にかけては、教会内の様々な立場の人たちに、テモテが指導者としてどう接して行けばよいのかをパウロが語っている箇所です。 その中で、最も大きい取扱いを受けているのは、やもめ、についてです。それは、5節でも示唆されているように、当時の地中海世界では、身寄りのないやもめは、売春する以外には、殆ど生活して行くことができないというような状況に置かれていたこと。9節から13節で示唆されているように、当時の教会では、そのようなことを防ぐために、身寄りのないやもめを教会の働き人として雇うということが行われていた、といったことがあったからのようです。3節から4節、11節から13節などで記されているように、気の毒だからととにかく何とかしてあげるということが、素朴な善意が、必ずしもよい結果をもたらさないことは今日でも同じことではないでしょうか。善意に対して、それに便乗しようとする人がいることを見通して、きちんとルールを決め、また、そのような人を愛がないなどといって責めないで、むしろ、その大変さを共に担い、主のみからだなる教会を建て上げるために、真の意味で貢献して行く者とならせていただきましょう。 24節から25節では、罪も良い行ないも、いずれ明らかにされるのだから、倦むことなく、罪を避け、良い行ないに励むことが命じられています。私たちも、こんなに主のためにと生きているのにと、思う時があるかも知れませんが、そこで信仰をもって踏みとどまることこそが実を結ぶ歩みの鍵なのです。心しましょう。 中谷建晴 |