聖書一日一章メッセージ集![]()
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| 堺大浜キリスト教会聖書一日一章 「悪口を言わず、自分を制し、」(1テモテ3:11) 今日のテモテへの手紙第一3章では、主として、教会で指導的な立場に立つ者の資格について述べられています。 1節や2節の監督というのは、今で言う、牧師のこと、8節や10節、11節や13節の執事、あるいは婦人執事というのは、今で言う、役員のことと考えて、そんなに大きくは違っていないと思われます。 2節から7節は監督の資格についてですが、ここではいわゆる神学的な知識とか、当時、重要とされていた話し方の巧みさといったことは挙げられていません。挙げられているのは、具体的な生活態度や日常生活の中での振る舞いです。また、8節で執事の資格としてまず挙げられているのも、11節で婦人執事の資格として挙げられているのも、具体的な生活の中での振る舞いです。これらの事柄は、信仰とは生活の中に、その人の生き方、人との接し方、仕事への姿勢といった形で具体的に現われて来てこそだということを示していると考えられますが、では、私たちはどうでしょうか。聖書の知識や神学的な知識が増えること、或いは場合によっては、教会の在り方や教会の人たちのことがわかってきてあれやこれやと批評できるようになることが、信仰が深まること、信仰的に成長することだと思ってしまってはいないでしょうか。そうではなくて、私自身の生きる姿勢、性格や生活がどれだけ変わったかということこそが肝心なことなのです。 また、監督や婦人執事の資格として、2節や11節で「自分を制し」ということが挙げられていますが、自分の肉の性質、罪の性質のままに振る舞うことを「ありのまま」などという言葉で正当化しているようなことはないでしょうか。もう一度、自分の在り方、自分たちの在り方を顧みさせていただきましょう。 中谷建晴 |