聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会
聖書一日一章

「あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。」(ローマ2:1)

今日のローマ人への手紙2章で、パウロは自己欺瞞あるいは欺瞞的な態度とでも呼ぶべきものを厳しく指摘し、非難しています。
昨日の1章の18節から、パウロは人間の罪を問題にしています。1章17節までは、ローマの教会に対する挨拶とでも言うべき内容でしたから、パウロがこのローマ人への手紙の中でまず取り上げているのは、人の罪の性質であるわけですが、それは自分が罪人であることを知らないままでは、自分が神様の怒りを受けるべき者であることに気づかないままでは救いを理解することができないからです。私たちの信仰が生きたもの、力あるものとなっていないとするならば、私たちの信仰が、「イエス様を信じてはいるのだけれども」、というようなものに止まっているとするならば、それは私たちが自分の罪、自分が神様の怒りを受けるべきものである、ということが本当の所でわかっていないからではないでしょうか。
今日の2章の1節から、パウロは他人をさばく、その態度の中に含まれるものを厳しく非難しています。1章24節から32節まででは、数々の罪が挙げられていますが、それを自分のこととして見ようとしないことが大変な問題として指摘されているわけです。それというのも、そういう自己欺瞞的な態度は、自分の罪を認めるという所から人を遠ざけ、結果として、人を救いから遠ざけるものであるからです。私たちはどうでしょうか。1章29節などでは、ねたみ、陰口を言うことなどが挙げられていますが、果たして、自分はそういうものとは無縁だと言うことができるでしょうか。にもかかわらず、誰かそういうことをしている人を非難することで、あたかも自分のそういう罪が帳消しになるかのように、他人を云々することで、自分の責任が消えるとでも思っているようなことはないでしょうか。もう一度、自らを顧み、神様の前に自分自身がどうであるかを思い、神の怒りを受けるはずの自分がそこから救い出されたこと、そのためにイエス様が犠牲になって下さったことを覚えましょう。

中谷建晴



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