聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、思い起こしなさい。」(へブル10:32)

 今日のヘブル人への手紙10章は、前半18節までが、イエス・キリストにある新しい契約こそが、最終的なもの、永遠的なものであって、旧約聖書の教えはそれを指し示すものに過ぎなかったという8章から続いている議論の続き、そして、後半19節以降が、そのイエス・キリストを信じる信仰に止まるようにとの勧めとなっています。
 5節の最後の行は、イエス様の人間としてのからだは、最初から、私たちの罪のためのいけにえとなるためのものであったということを示しています。また、9節の括弧の中の言葉も、イエス様がこの地上に来られたのは、私たちの罪のためのいけにえとなるためであったことを示しています。子どもが生まれた時に、親はその子の幸せを願うものですし、子どももまたある程度大きくなると将来に希望を持とうとするものです。しかし、神様は最初からイエス様に十字架の苦しみと辱めを受けさせることに決めておられた、イエス様も十字架を目指してこの地上の生涯を歩まれたわけです。神様が、イエス様がどれほど深い覚悟と大きな犠牲でもって、私たちを救おうとして下さったかをもう一度、覚えさせていただきましょう。
 32節から34節では、初めのころ、自分たちがどうであったかを思い起こすようにということが言われています。最初の熱心さはやがて薄れて行くもの、最初の熱心さだけで最後まで信仰の歩みを全うすることはできないのです。だからこそ、24節から25節で言われているように、兄弟姉妹と共に礼拝を守り、交わりの中で励まし合い、戒め合うことが必要なのです。私たちもそのようにして、信仰の歩みを全うし、天国の祝福に与かる者にならせていただこうではありませんか。

中谷建晴



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