聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。」(へブル4:13)

 今日のヘブル人への手紙4章では、昨日の3章の最後、18節・19節、に出て来た安息というテーマが展開され、詳しく語られています。
 1節や8節・9節では、モーセの時代に語られた安息、すなわち、約束の地であるカナンに入り、そこに定住して営まれる落ち着いた生活は、やがて来る安息、天国の安息を象徴しているに過ぎないということが言われているようです。
 4節では、聖書の語る安息とは、ただ単にお休みするということではなく、何かを成し遂げたという達成感、満足感に近いものだということが言われているようです。精一杯やったからこそ味わうことのできる満足感の伴う安らぎ、天国での安息もそのようなものだということのようです。ですから、もし、この地上での信仰の歩みがいい加減なままに終始していたとするならば、やがての安息も浅いものになってしまうかも知れません。
 11節では、だから力を尽くして信仰に歩もうということが言われていますが、12節から13節では、神様の前に真実な信仰をもって歩むことが決して容易なことではないということが言われています。けれども、その一方で、続く14節から16節では、そのように、真実であろうとしてもそうはなれない自分、どこまでいってもどうしようもない自分を認めて、イエス様の憐れみにすがるしかない、私たちであるけれども、それでよい、だからこそ、イエス様は私たちのために十字架にかかって死んで下さったのだ、ということが言われているようです。感謝し、そのようにして、永遠の安息に与かる者とならせていただきましょう。

中谷建晴



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