聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ5:6)

今日のガラテヤ人への手紙5章から明日の6章にかけてでは、クリスチャンはどう生きるべきなのかということ、いわゆるクリスチャンの倫理が主に語られています。
今日の5章1節でパウロはまず今から語ることが、そうすることによって救われる救いの条件のようなものではない、ということを宣言しています。そして、続く2節から12節では、律法を守ることによって救われるという考えが間違ったものであることをもう一度確認しています。その中でも、特に2節から3節、6節、11節などでは割礼を受けるかどうかということが大きな問題として取り上げられています。それは、割礼を受けるということは、割礼に代表される人の行いが救いを勝ち取るための功績になるという考えの現れだからです。こういういわゆる律法主義と呼ばれるような考えに対して、パウロは、特に6節で、そういう宗教的な決まりを守ることが信仰の中心ではない。そうではなくて、神様を愛する愛、神様からの愛に動かされる、そういう心の内側の思いこそが、信仰の中心である、ということを語っているわけです。すなわち、パウロが13節以降で語ろうとしている倫理は、神様を愛するがゆえに出てくる、神様に喜ばれるような生活をしたいという願い、神様の愛に満たされていることから出てくる神様の愛に何とかお応えしたいと願いに基づくものである、ということを語っているわけです。
私たちは、自分の何かの行いで神様に認めてもらうことなどできないものですし、そうする必要もないのです。イエス様のゆえに、神様は私たちを赦し、そのままの姿で愛し、受け入れて下さっているのです。感謝です。その神様の赦しと愛に応え、神様の喜ばれるような歩みをしようとするのがキリストを信じる者の歩みなのです。

中谷建晴




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