聖書一日一章メッセージ集![]()
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| 堺大浜キリスト教会聖書一日一章 「しかし、彼らが福音の真理についてまっすぐに歩んでいないのを見て、 私はみなの面前でケパにこう言いました。」(ガラテヤ2:14) 今日のガラテヤ人への手紙2章では、1章後半に続いて、パウロと他の使徒たちの関係がどのようなものであるのか、ということが主に語られています。 1節から10節で語られているのは、使徒の働き15章に記録されているエルサレム会議と呼ばれる話し合いの時のことのようです。 使徒の働き15章7節から10節、13節から21節を見るとわかるように、この会議では、ペテロもヤコブも、律法を守ること、特に割礼を受けることは救いに必要なことではない、とはっきりと認める発言をし、それが会議全体の結論となりました。今日のガラテヤ2章の6節で、パウロはそのことを改めて指摘し、同時に自分が使徒たちと対等の立場で議論したと主張しています。 11節から14節に記されている出来事がいつのことなのかはっきりしたことはわかりませんが、ここでパウロは自分が、12使徒の中でも筆頭と見なされていたケパ、すなわち、ペテロともある意味では対等の立場であることを示しています。 15節から21節は、おそらく、それらのことをふまえて、いわゆる律法主義者たちへの反論として語られたもののようです。律法主義者たちは、信仰のみによって義とされるというのだったら、正しく生きようとする必要はなくなるではないか、というようなことを言っていたようです。これに対してパウロは19節と20節で、信仰とは、キリストが身代わりに死んでくれたので、罪が赦されていることになっていると、単に論理的に考えることではない。単なるフィクションではない。信仰とは、実際にキリストとつながること、一つとなることである。だとするならば、キリストを信じ、キリストとつながった者が、自分の肉の欲のままに生き続けること、罪の生活を続けようとすることなどあり得ない。こう反論しているわけです。 私たちはどうでしょうか。信じるということが、頭の中だけのことになっていないでしょうか。すでにキリストと一つとされた者として、日々を生きているでしょうか。 中谷建晴 |