聖書一日一章メッセージ集![]()
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| 堺大浜キリスト教会聖書一日一章 「いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや。神に、でしょう。 あるいはまた、人の歓心を買おうと努めているのでしょうか。」 (ガラテヤ1:10) 今日からガラテヤ人への手紙です。使徒の働き13章から14章に記録されている、いわゆる第一次伝道旅行において、パウロはバルナバと一緒にガラテヤ地方のアンテオケ、ルステラ、イコニオム、デルベといった町々に福音を伝えました。その結果、使徒の働き14章23節などを見るとわかるように、それらの町々にはキリストを信じる者たちの群れが、教会が生まれました。しかし、その後、生まれたばかりのそれらの教会に、いわゆる律法主義者たちが入り込んで来て、救いは信じるだけで与えられるなどといった簡単なものではない、救われるためには、律法を守らなければならない、特に割礼を受けなければいけない、というような間違ったことを教え、信じたばかりのクリスチャンたちの信仰を混乱させていたようです。そういう状況の中で書かれたのが、このガラテヤ人への手紙であるようです。おそらくは、紀元52年頃、使徒の働き19章1節から20節に記されている2年3カ月のエペソ滞在中に書かれたものではないか、と言われています。 いわゆる律法主義者たちは、パウロは本当は使徒ではないと言ったり、パウロの信仰は使徒たちから教えられたものであり、使徒たちの方が権威がある、その使徒たちから直接教えを受けて来たばかりの自分たちの方が正しいのだ、というようなことを主張したりしていたようですが、パウロは今日の1章の1節や12節以下でそれらの主張を真っ向から否定しています。 また、律法主義者たちはパウロが信じるだけで救われるなどと教えているのは、その方が簡単で、人が喜ぶからだ、というようなことも言っていたようですが、10節でパウロはそれをも真っ向から否定しているわけです。逆に言えば、福音はある意味で、それほど単純なものであるのです。私たちも、ただそのままイエス・キリストを信じ、主とし、罪の赦しに、永遠の命に、また、そこから来る平安に、勝利に与かる者とならせていただきましょう。 中谷建晴 |