聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会
聖書一日一章

「ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで 私の弱さを誇りましょう。」 (2コリント12:9)

今日のコリント人への手紙第二12章でも、パウロは昨日の11章に続いて、自分自身についての自慢話めいたことを語っています。特に1節から4節ではパウロが天国を目の当たりにするという特別の経験をしたということが語られています。パウロの権威を否定し、コリント教会のクリスチャンを惑わす偽教師たちに対抗する必要からパウロはこのことを敢えて語ったわけですが、それまでの14年間、パウロはこの素晴らしい経験について語ってはいなかったわけです。それは6節でパウロが言っているように、人から過大に評価されることを避けるためでした。パウロは人から評価されることで、自分が何か大した人間であるかのように思ってしまい、本当の意味での謙遜さを失ってしまう危険をよく知っていたようです。私たちはどうでしょうか。パウロとは全く逆に人の評価ばかりを求め、神様の前に自分がどうであるか、ということを忘れてしまっているようなことはないでしょうか。
7節から10節ではパウロが高ぶることのないように、肉体にとげが与えられた、ということが言われています。パウロが3度も神様にお願いしたことからも、丁度、とげが入ったままでは何かにつけてチクチク痛みがするように、この肉体のトゲは何かにつけてパウロに痛みを与え、パウロを不快にするものであったようです。しかし、そういう弱さを持っているからこそ、パウロを通して、イエス様の素晴らしさが現されたのです。私たちは立派であることや、何か立派なことをすることで神様のご栄光を現してみせようと思ったり、そうできないからといって自分は駄目だ思ったりしがちな者ではないでしょうか。しかし、自分ではどうしようもないものを持っていること、自分の無力さ、罪深さを知って、神様にただおすがりして行くその歩みこそが主を証しする歩みなのです。弱さに打ちひしがれてしまうのではなく、弱さのゆえにますます主により頼む者、そして、そのことを通して主を証しする者とならせていただきましょう。
中谷建晴



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