聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会
聖書一日一章

「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生 じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」 (2コリント7:10)

今日のコリント人への手紙第二7章で、パウロはコリントの教会のクリスチャンたちがパウロの厳しい言葉を受け入れ、悔い改め、その悔い改めを具体的な行動として表したことを喜んでいます。
5節の冒頭のマケドニヤとはギリシャの北隣りの地域のことですが、パウロはギリシャの南にあるコリントを最終目的地としてマケドニヤに上陸して以来、トラブル続きだったようです。キリストに従うことは、トラブルがないことを意味するものではありません。また逆にトラブルがあることは、私たちの歩みが実を結ばないものである、ということを示しているわけでもないのです。事実、パウロのこのトラブル続きの歩みは豊かな祝福をもたらすものとなっていったのです。
パウロはこのコリント人への第二の手紙の前にも、コリントのクリスチャンたちに向けて手紙を書き、それをテトスに持って行かせていましたが、6節から7節では、そのテトスがもたらした知らせが、パウロにとって大きな慰めとなり励ましとなった、ということが言われています。この手紙は今は残っていませんが、8節から12節などから、その内容が大変厳しいものであったということがわかります。時に、厳しい言葉を聞かせていただくことがなければ、自分で自分をよしとしてしまって、道をはずれてしまうのは、私たちも同じなのではないでしょうか。しかし、問題はその厳しい言葉の聞き方です。9節から12節を見ますと、コリントのクリスチャンたちはパウロの厳しい言葉を聞いて、自分たちの過ちを認め、悔い改めました。彼らは、腹を立てて、パウロに対する反感を持つようなことはしなかったわけです。10節で言われているように厳しい言葉をどう受け止めるかが、私たちの歩みを決めて行きます。コリントのクリスチャンたちがそうであったように、厳しい言葉も謙遜に受け止め、悔い改め、実を結ぶ生涯を歩む者とならせていただきましょう。
中谷建晴



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