聖書一日一章メッセージ集


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。」
(コロサイ3:15)

今日のコロサイ人への手紙3章からは、キリストを信じる者がどのように生きることができるのか、また、どのように生きるべきなのか、ということが語られています。
昨日の2章の最後で、人間的な禁欲主義は、人の行いを律する何の力もないものである、ということを語ったパウロは、今日の3章の1節から17節で、では、人の行いを律する力はどこから来るのか、ということを語っています。それは、一言で言えば、キリストにある新しいいのちからこそ来るものである、こうパウロは語っているわけです。
3節では、キリストを信じる者はすでに死んでいると言われていますが、キリストを信じるとは正にそういうことなのです。自分の欲、自分の計画、自分のこだわり、そういったものを捨てて、キリストの喜ばれることをしよう、キリストの喜ばれるような者になろうとすることなのです。にもかかわらず、理解して、納得してというような所に止まっていたり、あるいは、自分にとって益になるかどうか、などと自分に死ぬとは程遠い態度に止まっているようなことはないでしょうか。
そのようにして、自分に死んだ者こそが、10節で言われているようなキリストにある新しいいのちに与かることができるのです。そして、その新しいいのちだけが、私たちに自分を律し、よき行いをさせ、よき者とならせる力を持っているのです。また、そのような新しいいのちに生きている者こそが永遠のいのちに与かることができる者なのです。私たち自身はどうでしょうか。

中谷建晴




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