聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                      イザヤ書 59章

「しかし、シオンには贖い主としてくる。ヤコブの中のそむきの罪を悔い改める者のところに来る。」
         (イザヤ書 59:20)

 “主の手が短くて救えないのではない、イスラエルの罪と咎が彼らと神との間の仕切りとなり、彼らは滅びに向かっているのだ”とイザヤは語りだします。イスラエルは、「空しいことに頼り」ました。偶像に頼り、人の力に頼ったのです。そのとき彼らはうそを言い、悪意を宿し、不義を行い、悪に走り、血を流しました。そのため、光を望みながら、闇の中を歩まなければなりませんでした。そんなイスラエルを主はなおもあきらめず、救おうとされました。主はイスラエルを見て、「公義のないのに心を痛められ」、「とりなす者のいないのに驚かれ」、そこで、「ご自分の御腕で救いをもたらし、ご自分の義をご自分のささえとされた」のです。その主のご決意を実現したのが、イエス・キリストによる救いです。人のうちに何の善きものもないのに、その罪をイエス・キリストに着せ、イエスさまを十字架につけ、その死を罪人の罪の贖いとしてくださり、自分の罪を認めて悔い改めイエス・キリストを信じる者を救われるのです。イエスさまは、罪人の罪の贖いとなられただけでなく(1ヨハネ2:2)、死人の中からよみがえって、御父の御前で、イエスさまを信じる者のとりなしをしてくださいます(ヘブル8:25)。このことを覚え「しかし、シオンには贖い主としてくる。ヤコブの中のそむきの罪を悔い改める者のところに来る。」というみことばを深い感謝をもってお受けしました。また、それが主の永遠のご契約だというみことばに感動を覚えました。

                            唄野隆



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