聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                      イザヤ書 21章

「それゆえ、私の腰は苦痛で満ちた。女の産みの苦しみのような苦しみが私を捕えた。私は、心乱れて聞くにたえない。恐ろしさのあまり、見るにたえない。」
           (イザヤ書 21:3)

 「海の荒野」とはバビロンのことです。ペルシャ湾に面した荒野をその版図とするからでしょう。この預言がいつ語られいつ実現したか、確かなことはわかりませんが、バビロンが主のさばきを受けて滅ぼされるというこの預言は、ダニエル書5章に記されているベルシャツァル王の宴会でダニエルがバビロンの滅亡を語った時の状況と符合するようです。イザヤは語ります。“エラムとメデイヤがバビロンに攻め寄せるが、バビロンの首長たちは、食卓を整え、宴会を催して、飲み食いにふけって戦いに備えようともしない、預言者は主によってバビロンのリーダーたちに告げる、盾に油を塗って戦いに備えよ、見張りを立て、注意を怠るな、見張人たちは敵の襲来を告げ、人々はバビロンが倒されその偶像も砕かれたと語り合う”と。そのとき、イザヤは、「それゆえ、私の腰は苦痛で満ちた。女の産みの苦しみのような苦しみが私を捕らえた。私は、心乱れて聞くにたえない。恐ろしさのあまり、見るにたえない。」とうめきました。バビロンに対するさばきを語りながら彼は悲しみ苦しんでいたのです。彼の憐れみ深い心が迫ってきます。その奥から悪人をさばきながら深く御心を痛めておられる主の愛が迫ってくるのを覚えます。このことは打たれて逃亡してくるアラビアの人々への主の御配慮にも現われています。イスラエルの神、主、そして私たちの主は正義の神ですが憐れみの主でもあるのです。

                            唄野隆



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