聖書一日一章メッセージ集



堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                      イザヤ書 16章

「それゆえ、わたしのはらわたはモアブのために、私の内臓はキル・ヘレスのために立琴のようにわななく。」
          (イザヤ書 16:11)
 
ここでは、15章に続いて、モアブにたいするさばきが語られます。セラはエドムの首都で高い断崖絶壁に守られている要害堅固な町でした。このとき、モアブは敵に追われて、エドムまで逃げ込み、そこからユダに向かって救いを求める使いを送り、“モアブの逃れた者たちをかくまい、モアブをダビデの子孫であるユダの王の支配下に入れてほしい”と求める、ということのようです。あるいは、預言者が、ユダに、モアブをかくまえ、と語りかけた、という解釈も可能かもしれません。しかし、ユダは答えます。「われわれはモアブの高ぶりを聞いた。彼は実に高慢だ。・・・それゆえ、モアブは、モアブ自身のために泣きわめく。」“高慢で権謀術策を弄してきたモアブは信用できない、彼らは自分たちの高慢と陰険さの報いを受けて滅びなければならなくなる”と答えたのです。預言者は、モアブ全土の町々の名を上げ、それぞれが打たれ荒廃に帰す様を次々と描き出します。そして、“モアブがいくら祈っても、もう遅い、モアブは滅びるしかない”と告げます。その一連の預言の中で、「それゆえ、わたしはヤゼルのために、シブマのぶどうの木のために、涙を流して泣く。・・・わたしのはらわたはモアブのために、私の内臓はキル・ヘレスのために立琴のようにわななく。」と主が言われる、というみことばが心に迫ります。主はモアブをその罪ゆえに打たれますが、そのとき、主は心に深い痛みを覚えておられるのです。主の義と愛とが胸に響いてきます。

                           唄野隆



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