聖書一日一章メッセージ集
創世記 25章 「アブラハムの死後、神は彼の子イサクを祝福された。」 (創世記 25:11) アブラハムには、妻サラの子イサクのほかに、サラのそばめハガルの子イシュマエル、それにもう一人の妻ケトラの8人の子どもたちがいましたが、アブラハムはイサクに全財産を与え、他の子どもたちにはそれぞれ相応の贈り物を与えてイサクから遠ざけました。人としての情愛以上に、主がイサクによって祝福を与えると言われた主のお約束(創17:19)を大事にしたのです。そのアブラハムに育てられたのですが、甘さのせいか、イサクは自立が不十分だったようです。アブラハムとそのしもべの信仰によってリベカと結婚できたのですが、母の代わりとしてリベカを愛したと言われています(24:67)。母離れができていなかったのでしょう。妻リベカが不妊の女だったので主に祈りましたが、一人で祈り、リベカと一緒には祈っていません。そういうイサクの態度に反応したのか、リベカも双子の懐妊を知って、主に祈りましたが、やはりイサクと一緒にではなく、一人で祈っています。そして、イサクは肉が好きだという肉欲に従って猟に明け暮れるエサウを偏愛し、それに対応して、リベカは穏やかなヤコブを偏愛しました。こういう両親の間に育ったエサウもヤコブも自分のことを第一に考え、ひとのことを配慮することができませんでした。エサウは飢えて食べ物が欲しくなるとヤコブの煮物を求め、形のない長子の権利を軽んじ、自分の利益を図るヤコブはエサウの弱みにつけ込んで長子の権利を奪いました。そういうイサクの家でしたが、主はお約束どおりイサクを祝福されました。ほむべきはただ主の御真実のみです。
唄野 隆 |