1テサロニケ 2章
「私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれた。」
(1テサロニケ 2:13)
パウロは、テサロニケで神のことばを語ったとき、自分たちは「神に認められて福音をゆだねられた者」という自覚をもって語りました。確信をもてず迷いが残るようなことは語らず、またその奉仕からの報酬をあてにするような不純な心を持たず、ただ神をお喜ばせしようとして語りました。キリストの使者だという権威を主張せず、母が子にたいする優しさをもって彼らに接し、自分のいのちをも与えたいと思うほどの愛をもって彼らに仕え、だからといって彼らを増長させたり、ふしだらにさせないよう、父が子に対するように、権威をもって、そして賢明に、勧め、慰め、励まし、ひとりひとり、丁寧に、指導しました。その謙遜と愛の具体的な表れとして、人からの名誉を求めず、報酬を要求せず、自分で苦労して働き、自分で自分の生活を支えながら、彼らに福音を語ったのです。しかし、彼はこの苦労に不満を漏らさず、かえって彼の伝道活動について感謝を言い表わします。それは、テサロニケの人々が、パウロから福音のことばを聞いたとき、それを人間のことばとしてではなく神のことばとして受け入れたからです。そのとき彼等は変えられて新しくきよい生活に導きいれられ、同国人の激しい迫害を受けても主に忠実に歩むようになりました。こういう伝道者、牧師とこういう信者との間には、愛に満ちた親しい交わりが生まれます。からだは離れていても別ちがたい一体感を覚える交わりが育つのです。私たちの教会もそうならせてください、と祈りました。
唄野 隆 |