2コリント 10章 「誇る者は、主にあって誇りなさい。」 (2コリント 10:17) 今日の箇所からしばらく、パウロは自分が使徒として召されていることについて語ります。彼の使徒職に疑いをさしはさみ、彼を非難する人々がいたからでしょう。「私は、あなたがたの間にいて、面と向かっているときはおとなしく、離れているあなたがたにたいしては強気な者です。」と彼は言いました。「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際にあったばあいの彼は弱々しく、その話しぶりはなっていない。」と言う人々がいたからです。しかし、彼はコリントまで行って、そこで福音を伝え、彼らが信仰に導かれてそこに教会が出来たのです。パウロはコリントの教会に対しては神の使徒でした。そして、「神の御前で、要塞を破るほどの力」を与えられていました。「さまざまな思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ、また、彼らの服従が完全になるとき、あらゆる不従順を罰する用意ができて」いました。しかし、彼らに対する愛のゆえに、その権威を隠し、力を抑制したのです。ですから、彼らがあくまでもパウロの権威を否定し、彼の語る主のみことばを否定するようなら、手紙で書いたような権威を振るって彼らに立ち向かうことになるが、そうはしたくない、「強気にふるまうことがなくて済むように」願っている、と語ります。彼は使徒としての権威が、彼らを倒すためではなく、立たせるために与えられていること確信していました。主によって推薦された者であることを確信していたのです。この確信をもって歩める人は幸いです。
唄野 隆 |