2コリント 2章
「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」
(2コリント 2:15)
パウロは、前にコリント教会からの質問に答える手紙、コリント人への第一の手紙を書きましたが、問題の深刻さにじっとしておれず、コリント教会を訪れ、厳しく叱責したが、思わしい反応を得られず、悲しみのうちにいったんコリントを離れ、涙ながらに今は失われた手紙を書いたようです。しかしそのままでは落ち着けず、再びコリント教会を訪ねようとして出かけ、トロアスでコリント教会の悔改めのニュースを聞き、喜びに溢れ、その後でこの手紙を書いたようです。彼は、コリントの教会を訪ねるという計画を告げていましたが、それが大幅に遅れたので、「彼はしかり、と言っても、彼のしかりはすぐ否になる。」と言われたようです。しかし、遅れたのはコリントの教会の人々に悔改める時間を与えるためで愛から出たことなのだ、と語り、事実、彼らが悔改めたことを聞いたので主に感謝し、先に、あなたがたの中の悪をなす者、偶像を拝む者、不品行な者は除いてしまえと命じたが(1コリント5:13)、彼は悔改めたのだから、今は、赦し、慰めてやって、彼に対する愛を確認するように、と勧めました。そして、コリントの教会の罪を思っては悲しみ、トロアスに行ったときに主が門戸を開いてくださっても心に安らぎがないという状態だったが、コリントの教会の悔改めを聞いて感謝し、愛と義を求めて揺れ動く自分たちの言動のすべてを通して、主のかおりがあふれ出るのだと実感した感動を証しました。私もこう言える歩みをしたいと思います。
唄野 隆 |