聖書一日一章メッセージ集
堺大浜キリスト教会聖書一日一章 伝道者の書 7章 「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。」 (伝道者の書 7:13) この章を読み進むと、“目の前の現実を直視し、そこにわたしを認め、わたしを信頼し、わたしに聞け”と主が語りかけてくださっているような思いがしました。私たちは、目の前のことを直視し、そこで主は何を示しておられるかを考えるよりも、まわりのことや昔のこと、また先のことに目を向け、心をまぎらす傾向があるようです。だから、伝道者は、「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。」と言ったのです。お祝いの席では、楽しみ、酒に酔いしれて、人生の現実を深く思わないが、喪中の家では死の意味について考えるように導かれるからです。「愚かな者の笑いは、なべの下のいばらがはじける音に似ている。」と言うのも、自分の間違いを正すための知者の叱責を避け、自分を飾り立て、自分の間違いを茶化したりごまかしたりする愚かさを指摘するものです。人は現実に直面するのを避けたがります。しかし、その現実のなかに神さまの深いご真実が隠されています。「今あることは、遠くて非常に深い。だれがそれを見きわめることができよう。」私たちがなぜかわからない現実を直視し、まっすぐ主に向かうとき、主は深いご真実を示してくださるのです。昔は良かったなどと言って、現実から目をそらすのは愚かなことです。主は私たちが、主をまっすぐ見詰め、主のみことばをすなおに聞き、主を信頼することを願っておられるのです。「主よ。現実を受け入れ、わからなくても主を信頼し、主の御真意を探り求めます。」と祈りました。 唄野隆 |