今日の聖書一日一章からのメッセージです


堺大浜キリスト教会聖書一日一章

                      伝道者の書 2章

「神から離れて、だれが食べ、だれが楽しむことができようか。」
          (伝道者の書 2:25)

 1章で、知恵を得ようと努力し、その空しさを悟った伝道者は、2章で、快楽に向かいました。彼は、知恵を得ようとしても意味を見出せず、空しく思うだけなら、快楽を得て楽しもうとしたのです。彼は類(たぐい)まれな才能を生かして、人を楽しませると思われるものを驚くほど多く手に入れました。ぶどう酒に代表される飲食の楽しみ、事業、大邸宅などの建築物、ぶどう畑や木々の生い茂った美しい庭園、池までも。さらには、畑や奴隷、金銀に代表される豊かな財産。自分のための楽団、多くのそばめ。それだけでなく、最高の地位と深い知恵まで。そうして彼は自分の思いどおりに生きました。私たちは、ひとに気兼ねしたり、お金がなかったりで、自分の思うようには生きられないと知り、思うままに生きられたらどんなに幸せだろう、と思います。この書の著者は、そうできました。しかし、その結果、彼が経験したことは、やはり「空しさ」でした。「私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんとすべてが空しいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない。」しかし、彼は言いました。「人には、食べたり飲んだりし、自分の労苦に満足するよりほかに、何もよいことがない。これもまた神の御手によることが分かった。」“自分で何かを目指して得ようとする努力は空しい、しかし、神は私を生かしてくださっている”と気づいたのです。「主を信頼し、主が与えてくださる私の分を喜び楽しませてもらいます。それは素晴らしい恵みです。」と祈りました。

                            唄野隆



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