聖書一日一章メッセージ集
堺大浜キリスト教会聖書一日一章 ヨブ記 9章 「私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。」 (ヨブ記 9:33) ビルダデが、神は潔白な人を退けない、悪を行う者の手を取らない、と言うのを聞いて、ヨブは、“そのとおりだとよくわかっている、だが、私の側から自分の正しさを神に訴えるすべがない、神は力ある御方で、天も地も支配されている、そのなさることは人の側から止めることができない、神が怒られるとそれを変えることはできない、私は潔白だが、神が曲がった者だとされる、神は潔白な者も悪者をもともに絶ち滅ぼされる”と嘆きます。ビルダデの「正しい」議論は、苦しむヨブにとっては何の助けにもならなかったのです。むしろ、その苦しみを増し加えるだけでした。“神の愛に裏打ちされていない、人の「正論」は苦しむ人を生かさず、殺すだけだ”ということは肝に銘じておかなければならないことだ、と示されます。ビルダデに訴えてもしかたがないと知ったヨブは、直接、神に訴えました。神に向かったとき、彼は恐れおびえました。神のきよさ、偉大さに、恐れおののいたのです。“私がいくら身をきよめても私を神の前にきよい者とすることはできない、神ははるかに高くきよい御方だから、きっと私を罪ある者とされる”と感じました。神の偉大さ、きよさを知るだけでは、私たちは安らぎを得ることはできません。“きよい神さまと私たちとの隔たりは大きい、私と神の間には仲裁者がいない、確かな仲裁者がいないと神とは結ばれない、神と私を結びつける仲裁者が必要だ”とヨブは気づいたのです。素晴らしい気づきでした。ヨブにはまだ明かされていませんでしたが、その答えがイエスさまなのです。感謝です。 唄野隆 |